先が見えてしまった事に対しての不安

父親譲り?(記憶している限り、私が学生の頃に離婚してしまった父親にそっくり)だと、勝手に思い込んでいるのですが、人様の100倍位、飽きっぽい性格だ。

 

決して、威張れる事ではありませんね。

日本にいる時に、時々行った上野の安い回転寿司。。。

 

寿司を握っている職人2人のまわりをぐるーっと、寿司が回っています。 そもそも、店が狭いので、二人が立っている場所もすごく狭い(細長いのだ) 前、後ろには一歩も踏み出す事が出来ない。 左右に移動するにしても、カニ歩きで数歩が目一杯。。。

 

このスペースで黙々と、注文に応じて寿司を握っている。 すれ違う事すら出来ないので、ネタの保管場所によって、担当が決まっている。 雲丹は、入口側の冷蔵ケースに入っているので、入口側の職人さんが握り、店の奥の職人さんに“はい。雲丹ね。”と渡す。

 

この二人を見ていると、身動き出来ない位のスペースで一生懸命働き、偉いな〜と思う反面、大変失礼ながら、私には真似が出来ないと思ってしまう。

あちこち、転職を繰り返す人間が、どうこう言う資格は無いのだが、この仕事は出来ないな〜と思ってしまう。 日本全国の狭いスペースで働いている、寿司職人さんすみません。

 

夏の暑い盛りに革靴を履き、スーツを来て働くサラリーマンを見て、俺は一生、革靴を履かない仕事をするのだ!と誓ったのが、20歳くらいの時。

 

大学を中退して、ヘアメイクの学校に行き(今はスキンヘッドだけど)、写真事務所にアシスタントして就職。

革靴もスーツも必要がありません。

サラリーマンで混み合う、電車、バスにビーチサンダル、短パン姿で通勤していました。 その後、写真事務所は10年ほどお世話になりましたが、退社。。。

 

幾つか仕事を経験して、結局は、革靴とスーツのお世話になることに。。。

 

あまりの転職の多さに、何時、言われた事か忘れてしまいましたが、同僚に“2年、3年後にどんな生活をしているか?想像出来てしまう事が恐ろしい”と話し、驚かれた事があります。

 

当時は、安定してしまう事に対して、恐怖がありました。

死ぬまでのレールが見えてしまう様で。。。 カーブもトンネルも無い、ひたすら真っ直ぐなレール。。遥か彼方ですが、“GOAL”の看板が見えます。

 

真面目に働き、生きている人は、53歳にもなれば、そんなに遠くない所に“GOAL”の看板が見え、レールの両側には、花が咲き乱れているのでしょうか。

 

ここまで思いつきだけで、生きてきてしまったので、私の場合は、看板なんて全く見えません。 目の前に、中が真っ暗なトンネルがあるだけです。

果たして、トンネルに出口はあるのか?

トンネルを抜けた途端にレールが無くなり断崖絶壁が待っているかもしれません。 恐らく、無いと思うのですが、トンネルを抜けた途端に、花が咲き誇る丘の上に“GOAL”の看板があるかもしれません。

 

電車に乗ってしまったのだから、覚悟を決めるしかありませんね。 トンネルを抜けたら、ブログで続きを書きますね。

 

トンネルの天井が落ちてきたら、いやだな〜〜