将来の悪巧み。明るく楽しい生活設計 in VIETNAM

昨日は日曜日だと言うのに日本語の授業が8本もありました。

新記録です。

ホーチミンで自由な生活を満喫する為の「アルバイト」の予定だったのですが、こうなると「しっかりと働いている感」があります。

ぶっ続けで授業をすれば、(その場合は集中力が続かない)8時間で終わるのですがとびとびなのです。

結局、朝から晩まで、部屋の中に拘束されてしまいました。

食事に出かける暇さえないのです。

 

「良く頑張ったで賞」という事で、昨晩は師匠から貰った日本からのお土産、濁り酒でもやりながら笑点を見ました。

 

この季節になると、街中で頻繁に見かける帰郷用のお土産セットです。

 

ハノイ行きまで1ヶ月を切りました。

 

今年の5月にIT系の仕事を辞めてから、ひたすらダラダラ生活を送ってきたので、勤め人モードに気持ちを切り替える必要があります。

 

それに再来月で54歳になります。

ラソンで言うと、一般道から競技場に入り、トラックを走っている頃でしょうか? 幸い?ゴールと言うか終点は見えていません。

小さい頃、夢中で遊んだ野球盤の「消える魔球」の様にトラックに「パカッ」と穴が開き、落ちなければ良いのですが。。。

 

小学2年生に出会った幼馴染のヒカっちは、私同様に離婚を経験して、SEの仕事をしています。 一旦、フリーになった。。。と連絡を貰いましたが、最近、又、勤め人に戻ったそうです。

 

大学時代に知り合った八木田さんは、一部上場の企業に就職して、公私共に順風満帆の様です。 彼のFacebookを見る限り、幸せイッパイです。

学生時代「プロレス同好会」を立ち上げ、学園祭で他校と試合をしたりしましたが、八木田さんの様にデキる奴は、他の人間と全然違います。

当時、やっていた事は無茶苦茶なのですが、教授からは可愛がって貰っていました。 今では、理想的な上司になっていることでしょう。

 

さて、ワタクシなのですが、彼らと違い海外で一人暮らし、蓄えも全く無く、ほぼその日暮らしです。 唯一の財産と言えば、ここ最近で急激に増えたベトナム人の友達でしょうか? と言っても、息子と同じ世代です。

 

ハノイに行けば固定給が発生するので、とりあえずは生活していくことが出来ます。

 

長期間、働き続ける事が出来ない私なのですが、最低でも1年は頑張らなくてはいけませんね。

ちなみに、来年の12月にガーさんが日本から帰ってきます。 ※彼女とは来月の6日に初対面なので、根本的にどうなるか?わかりません。

 

ハノイでの仕事以外で親友のAuくんの、レストランプロジェクトも進行しています。 色々と問題もあり、実際にやるかは?もう少し時間が掛かりますが、「これ」も将来の設計図に入っています。

 

まずは、テト明けから学校を全力で頑張って、その後はAuくんのレストラン業に加わります。

 

大きな店を手伝うのは、体力が必要なので、小さな専門店もやらせて貰いましょうかね。 ラーメンでも、そばでも、海鮮丼の店でも構いません。

自分で商売する分には定年がないので、のんびりやりましょう。

 

時々、美味しい珈琲を淹れて、時々ブログを書く。。。 これで57歳くらいでしょうかね。

もしかしたら子供もいるかもしれません。